おばんです、最近は息子の友達とフォートナイトを楽しみ、
「お父さん、もしよかったらこの武器使ってください。」
「うむ、使わせてもらおう。」
という謎の気遣いを頂いている猪狩です。
ワタクシのチームの年齢構成は、
9歳・9歳・9歳・35歳です。おじさん幸せです。
先日のことなんですが、隣の実家に住む母から
「あんたの年賀状届いてたの渡すの忘れてた、ごめんごめん。」と言われ見てみると、こう書いてありました。
「猪狩くん、お元気ですか?私は今年引越しをして、長女も生まれました。」
…….え?
20年近く前の年賀状でした。(色々と母が怖くなりました)
中学3年生の時の担任だった斎藤先生です。(この年賀状は当時もちろん読んでいます)
もともと僕は教師志望だったんです。
漠然と自分の将来を考えたときに浮かんだのは教師でした。
それは斎藤先生との出会いが大きく影響しているんです。
たしか田子中学校に赴任された当時、20代後半くらいの年齢で、
生徒と歳が近いこともあって仲が良く、でもすごく芯の強さを感じる先生でした。
当時の僕はいわゆる「真面目」な生徒で、勉強だって部活だって頑張らねば….と。
そんな僕の背中を押し続けてくれました。
先生が応援してくれたからこそ、その先生の力になりたいと思い、クラスをまとめる立場に立つこともありました。
勉強も部活も学校活動も、自分の意志で先へ先へ進もうと思わせてくれる。
生徒の意欲を伸ばす力は、今あらためて考えると本当にすごいなと思えます、斎藤先生すごい。
教師という職業は素敵だなと、そう思えたんですね。
そんな斎藤先生との思い出なんですが(すいません、いつもこんな個人的なブログで)、
さっきも言ったようにいわゆる「真面目」な生徒だったんですね。
思い返すだけでも恥ずかしいですが、ダメなことをしたいわけです、「私マジメなんかじゃないの」と。
卒業間近で給食が無い日ってありませんでした?
授業らしい授業もなく、お昼はお弁当持参してきなさいっていう日ありましたよね?
親にはお弁当持参って言わなかったんですよ。
友達と二人でカップラーメン持って行ったんですね。ダメなことですよ。
お湯どうすんねんですよ。(ダメなことのスケールが小さくて恥ずかしい)
お昼の時間に職員室へ行って「斎藤先生、お湯…..」と言った時の先生の顔は忘れません。
「あんたたち、バカじゃないの!!????」
一番怒られたのが卒業前のこの日でした、他の先生には笑われました。
そして職員室でカップラーメンを食べました。美味しかったです。
そんなエピソードがあったんです。
で、冒頭の年賀状をもらった数年後に斎藤先生から手紙が来たんです。
太白区の中田中学校に赴任され中学3年生を担任し、生徒を送り出したという話でした。
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猪狩君、お元気ですか?
私は中田中学校で3年生の担任をしています。
クラスに猪狩君そっくりの子がいて、彼を見るたびいつも田子中学校での事を思い出します。
その子もバスケ部のキャプテンで、学級委員をしているんです。
学校行事ではクラスをまとめてくれて、本当に助けられています。
その子が、卒業直前の登校日にカップラーメンを持って来たの!
あの時猪狩君には怒ってしまったけれど、あまりの偶然に笑ってしまいました。
いつか二人が出会ったらとても面白いなぁ。
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こんなことあります…..?
僕とほぼ同じ。カップラーメンの種類はなんですか?と聞きたかったけれど。
いまは教師は引退されているのかなぁ…..お子さんも成人しているでしょうし、
お会い出来たら感謝の気持ちを伝えたいと心底思います。
探せばどこかで縁が繋がるんでしょうかね…。
そうそう、その年賀状の最後にこう書いてあったんです。
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「猪狩君は勉強も部活もNo1!」
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高校に進学して、勉強も部活も「自分よりも上なんてたくさん…」と落ち込みそうなときに、
この言葉が当時どれほど力になっていたか。
自分を応援してくれている人がいる、その力は本当に大きいですね。
あの頃の斎藤先生の年齢よりも、僕は年をとったわけです。
今の僕は応援する側。その人の背中を押す言葉を送らないといけません。
強心臓になっている息子よ。
スキーはスピード勝負じゃないんだよ。
背中を押すってそういうことじゃないから。